PICA-MEQUE

Monday, June 14th

何度も読める文書


HIPHOPのリベラルさを再認識する上では Take It Two (Rob Base & Dj E-Z Rock) を聴くのと同様、コンピュータを扱っていて、または単純に仕事していても、やってることの効果を一度フラットなところから測定し、ハッカー精神のリベラルさを再認識するためには How To Become A Hacker を読むようにしている。PalmのDocリーダに入れてたまに読んだりもする。てか、さっき読んでたんです。

HTMLや対オープンソース世界に対する具体的な記述、対MSへの記述は、まあ水ものとしても、III章の心構えだけは汎用性と恒久性があるんではないか。(今自分のやってるのことは問題解決か? 車輪の再発明ではないか? 単純作業ではないか? 自由にやれてるか? 高いスキルに挑んでるか…?) 過去の賢人達からの頭ごなしなサラリーマン論なんぞよりは、よっぽど役立つと思うます。

これとは話は違うけど、テッキーさんによるハッカー歴史を紐解くと、大体 MIT における悪戯の類が出てきて、それを「これぞ(いいいみで)ハッキングだ」と言ったりしますが、レコード二枚でループのいいとこどりをやって、新しい遊びを開発した、という点ではHIPHOPだってよっぽどそれに該当します。てか、ワルな人の先端な遊びは、その多くが、創造の伴ったハッキング行為でありましょう。よい遊びの全てがすげーハッキングだったかどうかは別にして、(これはハッキングかな?)などと思いながら各遊びを再認識すると面白いもんではないでしょうか。

06.14.04 @ 04:32 PM JST [link]


Sunday, June 13th

「大人たちを、困らせたいんだ」


スクール・オブ・ロック、観てきまして。

ここんとこのあたくしは、spectator の REBEL MUSIC 特集を読んで、そして「ついてけねー」感を高まらせたせいもあってか、パーティオン! パーティオン! ロケンロー! ハッパ開放! なシンプルな初期衝動はもちろん否定しないけど、そればっか見せられても現実的には困る、どうしたいかわからん。てな良識あるつまんねえオトナめいた目線(=ファッションパンク)になっていて、正直、この映画をどう楽しめるか自分でも謎でした。SGがカッコいい映画、という期待は充分にありましたが。(デビルシェイプなSGはやっぱかっこいいねえ)

で、以下ネタバレ含んでの感想。

結果的にはジャックブラックの脳天気だけど隙のない演技と、ホロっと来る展開に大満足だったですよ。もしロックがやっぱり万能で、デューイも大金持ちでウハウハ、だったら、ただの超能力学園Zだし、うそくさい。でもこの映画はそうしなかった。デューイはやっぱり社会的には落伍してるけど、でも、少しだけ周囲の人間に新しいパーティを与えた。ロックにできること、のポジティブな解としてはベストではないだろうか。

もうひとつ。「大人たちを、困らせたいんだ」とアイデン&ティティで中島(ミネタ)は言ったけど、この映画でもジャック・ブラックは「大物を困らせよう」と言い、ロックが反抗のための表現であるとの一致を見せてました。では、俺の疑問であるとこの、(反抗して、お前が嫌いだー、と感情を剥き出しにして、で、どうすんの?)についてはどうだったろう。

アイデン&ティティは「好きなコができたから反抗とかもういいや」と、さらに上位の解決に転じることで、中島の個人的な鬱屈は過去の問題にしてしまった。これに対して、スクールオブロックはロックのパワーを肯定し続け、良識ある大人たちをロックショーで酔わせた。ちゃんとロックを娯楽に転じ、ロックを媒体にして、ステレオタイプの打破を成功させたんだよね。

あと、前のバンドでも自分だけは本物のロックであると信じてたデューイは、メンバーの意見を無視して20分のギターソロをやったりしてた。んで、小学生相手にも己のエゴ丸出しにしてバンド練習を始めるけど、小学生のリアルな才能に触れるにつれ、「俺には才能がない。でもお前たちにはある。だからお前たちの曲を演じるべきだ」と、他者の才能を素直に肯定する。この辺の心理の変化はもう一度観て考えてみたい。

これは本筋とは関係ないけど、今回もクラスメートの理系野郎が数々のソリューションを持って後方支援に貢献していた。俺は理系が後方支援を淡々とコンプリートさせる様をちゃんと描いた話は好きだ。

やっぱもう一回観よう。

追記:日本の俳優でデューイができるのは誰だろう? と考えてみた。掟ポルシェ。ではどうか。(ただしバンド練習ではなく、説教と闘魂注入タイム)

06.13.04 @ 03:59 AM JST [link]


Friday, June 11th

陰謀史観はもういらない


文字通りのフリーメイソンが…とかの、オカルト信仰ではなく、もっと日常に近いレベルで陰謀史観を振り回す人がよくいる。

例えば素性のよくわからない近隣国のふるまいを全て「ウラでナントカなんだろ?」としたり、素性のよくわからない企業のふるまいを全て「ウラでナントカなんだろ?」(ナントカ=その人の規範では悪事)と、全ての謎は陰謀の結果なのだ! と、あたかも事実のように扱っていたりする。説明のできない事柄はぜーんぶ根拠のない(多くは不当で単純な)一般化をしてしまう癖をお持ちだ。で、ちょっとヒネった陰謀史観は「おお、新説!」と歓迎されることもある。この場合も不当性は変わらない。

もうね、こういうのを人から聞くのはうんざりなの。陰謀史観はハリウッド娯楽かMMRでのスパイス程度にしとこう。そしてコミュニケーションはこんな陰謀史観癖をとっぱらうために作用すべきだ。陰謀史観を伝えて「ダヨネー」と共有しあうためのコミュニケーションは参加するのは辛い。そして推論の結果陰謀史観に至った文書・意見は理解する意味がありそうだが、陰謀史観を前提に分析してるようなものには眉を顰めていきたい。

なんてのを、会社の一服部屋でお茶呑みながら急に思ったので書いておく。あと大事なのは、「陰謀は現実に存在する」けど「陰謀史観は現実を隠蔽する」ということだ。

06.11.04 @ 05:19 PM JST [link]


Thursday, June 10th

なんて広大な!


たかが一枚のノートPCで WebLogic と Oracle と Eclipse を同時に動かす必要が生じたため、512MBのメモリを入手しました。今時SO-DIMMだからなんだか割高だったが、256MBのままではOracleのinstallerすら満足に動きませんでして。(install中にinstallerが落ちたりしてましたから…)

で、本当にOracle 動かしつつ WebLogic 起動して Eclipse で都度コンパイルしたりしても平気になった。なんて広大な空間だろう。個人的には(同時にいろいろ立ち上げちゃいけない)と昔のMacOS使いのような発想で、重いアプリは極力単体で立ち上げるようなクセがついてたのだが、今の富豪的PC環境に慣れた御仁には、そんな心配はみじんもないらしい。俺もじきにそうなっていって、そのうちメモリ2GBないとダメな体になるだろう。

翻って、コンピュータの話で考えてみると、「各々のマシンが、(メモリとか演算能力とかHDD領域とか)リソースが十分にない状態」でもパフォーマンスを出すために、局所的な最適化を試みていたのが80~90年代前半だったとすると、「もう十分にリソースはあるので、今度は通信パフォーマンスを出すためにプロトコルを汎用的に&最適化する段階」に入ったのが90年代後半だと思う。

これは人様とサイフの関係性にも似た示唆を与えるなあ、と思った次第。オカネモチが社交を好むのは、最適化したいレイヤが違うから、なんてな。

06.10.04 @ 12:55 PM JST [link]




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